episode.4 雲間の村
episode.4 雲間の村
ネパールへ行ったとき、
あろうことか飛行機に乗り遅れました。
平日5日の夏休みをもらい、
土日とあわせて9日間の連休をゲット。
金曜の仕事を終えて、
「さあネパール行くぞー!」
と空港へ向かったのです。
ところが。
当時は社会人1年目、
疲れが溜まっていたのか、
うとうとしてメトロの乗り換えをミス。
空港のチェックインカウンターに着いたときには、
出発の55分前になっていました。
「もうチェックインは終わっています」
交渉の余地なし。
別の便への振り替えは不可。
セットだった帰りの航空券も使用不可に。
格安航空券は、こういうとき詰みます。
でも、せっかくの連休を棒に振りたくはない…
やるせない思いで、
新しい往復チケットを購入しました。
しかしトラブルは続きます。
ネパールの首都カトマンズの上空まで来て、
着陸まであと少しというところで、
機内アナウンスが入りました。
「滑走路が洪水のため着陸できません。
成都(中国)へ行き、状況が改善するのを待ちます」
悲痛な声であふれる機内。
夏休みが…。
大幅なロスタイムのあと、
ようやくカトマンズに着陸した時には
機内に拍手と歓声が沸き起こったのでした。
そうして予定より3日後に到着したネパール。
前にネパールへ来たとき、
ヒマラヤ山中の村に行ったのですが、
今回も同じ場所を訪れたいと思っていました。
お世話になっている方に、
「今日、親戚が村へ帰るみたいだから、
一緒に行くといいよ」
と言われ、
ジープ乗り場へ向かいます。
乗り場にいたのは、
前回ネパールに来たときに
何度か会っていたタラさんでした。
「久しぶり!
親戚ってタラさんのことだったんだね」
「ええ、待ってたわ。早く乗って!」
タラさんは大学生で、
街の親戚の家に住んで通学しています。
タラさんが確保してくれた最後の1席に座り、
すぐに車は走りはじめました。
ガタガタと激しく揺れる車体にしがみつきながら、
山道を走り続けること6時間。
到着したのは「グルン」という民族が住んでいる村です。
村は山の斜面にあるため、
車では中に入っていけません。
石畳の道を歩いていると
タイムスリップしたような心地になります。
前回もお世話になった家族に挨拶したあと、
タラさんの実家へ連れていってもらいました。
ここの村では、
土間にござなどを敷いて座るのがスタンダードです。
調理も食事も団らんも、
真ん中の炉を囲んで。
薪がはぜる音を聞きながら、
カジャ(おやつ)が作られていくのを見ていると
不思議と懐かしい気持ちになってきます。
村の多くの家では水牛を飼っています。
水牛のミルクは、
毎日何杯も飲むミルクティーはもちろん、
バターにしたり、
煮詰めて「ギュウ(ギー)」にしたり。
畑仕事でも水牛の助けを借りるので、
生活に欠かせない存在です。
ミルクティーは「チヤ」と呼ばれていて、
何だか可愛いですよね。
タラさんのお母さんが、
「今夜はうちでご飯を食べていきなさい!」
と言ってくれたので、
日が暮れるまでのあいだ、
タラさんと散歩に出かけました。
7月のネパールは雨季。
山の斜面にあるこの村は、
頻繁に雲のなかに入ります。
ただでさえ現実感がない場所なのに、
雲が現実の輪郭をさらに曖昧にしていきます。
歩いているのは確かだけれど、
フワフワと夢の中のような…。
「わたしのお気に入りの場所に行こう」
タラさんは石畳の道をどんどん登っていきます。
村を出てしばらく歩くと草原に出ました。
流れる雲はしばしば途切れ、
遠くの景色が見え隠れします。
雲の中から響いてくるのは、
放牧された水牛の声。
標高が2000m以上あるので涼しく、
しっとり優しい空気を吸いこむたびに
心が静まっていくかのようです。
仏教が主流の村なので、
小さなお寺にお参りに行ったりして、
日が暮れるころにタラさんの家に帰り、
夕食をごちそうになりました。
ネパール定番のダルバート。
「パ」という自家製のお酒もいただきました。
温めて飲むことが多い、穀物の蒸留酒です。
テレビで民族舞踊が流れ、
「ね、一緒に踊ろうよ!」
とタラさんがいいます。
むりむり、と思いながらも立ち上がって、
真似をして踊りましたが、
家族みんなに大笑いされてしまいました。
夜も更け、家を出ると、
村はとても静かでした。
あちこちにいた水牛やニワトリの声もしない。
目の前に広がる谷は暗闇につつまれ、
広大な空間を大気が動くときの響きが
かすかに感じられるのみです。
「わたしの名前はね、
〝星〟って意味なんだよ」
タラさんは夜空を小さく指さして、ほほえみました。
厚い雲のその先には、
星空が広がっていることでしょう。
飛行機を逃してしまったけれど、
このタイミングだからこそ出会えた人がいる。
思い通りにならないことがあっても、
それが未来にどう作用してくるかは
進んでみなければ分かりません。
タラさんにおやすみなさいと手を振り、
夜の村を歩きながら、ご縁に感謝したのでした。
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